2021.2.23
関心
ケミカルハーツブログを勧められてはいたものの
中々始められらなかったのは、
ブログは更新が命だから、
絶えず新しくしていかないと、
そして、続けないと駄目だよ!
飽き性なのに出来るの?
と言われ続けていたからです。
そんな風に言われて、
中々踏み出せたものではございません。
が、始めました。
始めたからには、更新しないと…。
ですが、ご多分に漏れず、
常に気にしていないと、
あっという間に時が流れ、
「ご無沙汰しています…。」
になってしまいます。
始めたころは、良かったのですが…。
これは、どういうことなのでしょう?
何故、あっという間に時が経つのでしょう?
つらつら考えて…。
子どもの時は1年が長いのに、
年を取ると1年があっという間。
と同じ原理なのかしら…?
と思い至りました。
大人になると、1つのことに対する
熱が薄くなるのです。
好奇心、関心の温度が中々上がりません。
集中していないのではないのですが、
こと、日々のことは、「おお~!』と
思わなくても経験から、
何とかこなしていけるのです。
そうやって、流していかないと、
やることが多すぎて滞ってしまう、
いちいち立ち止まってはいられない。
云々の言い訳をして…。
だけど、それは1つのことを
ジッと見つめているわけではなく
広く浅くになって、ぺら~!
と捲れてしまうから
1年のページも早く感じるのかしら…?
つまり、関心度の濃さの違いなのだと思います。
忘れているわけではないのです。
ブログのことも、あなたのことも…。
大切に、大切に思っていることは
1ミリも揺るいではいません。
だけど、関心の濃さが薄れていく…。
以前、歳を取る。ということは、
好奇心が薄れていく。ということだ。
と伺ったことがあります。
何事にも感心を示さず、好奇心を持たない心は
どんどんボケていってしまう。とか。
そうなんだろうなぁ…。と思うと少し寂しい。
経験を重ね、少しのことでは驚かない鋼の心は
裏腹に、感心・好奇心が
薄れているのだとしたら…。少し悲しい。
感性のひだの震えることが鈍くなり、
「ふ~ん。あぁ、そう。」の
セリフしかでないのは味気ない。
この人生の終盤の隠し味。
それは、感謝の言葉なのでしょう。
「ありがとう。」
今日も1日が訪れたことに、
1日が送れたことに、
しみじみと感謝することで、
1日の、1年の味付けは
ぐっと濃くなっていく気がします。
「ありがとう…。」
何だか、本当に一期一会を大事に出来る
歳になってきました。
ありがたいです。